月がキリっと輝く夜に。
Posted on 2月 3, 2010
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やっとこさ解放され、ツォから自宅へ戻る午前何時。目抜き通りの夜空には月がピカーっと、キリっと、光り輝く。なんとなく歩くのも誇らしげ。社会的には、物質社会的はきっと「持たざる者」のアタシだけど、こんな美しい夜を歩けるなんて。なんてなんてロマンティックなの。
図書館で雑誌『考える人』(新潮社発行)を何冊も借りる。
きっと中高年からもうちょっと上の世代向けの雑誌っぽいけど、アタシはオマセさんなのでしっくり来る。
2008年秋号(No.26)『パリとその周辺』特集に、こんな言葉が載っていた。
「私にとってはヴァカンスこそ本当の人生。
時間が自分のものになるからです。
そうやって自分自身とじっくり向き合うゆっくりした時間から、
何かが熟して生まれてくると思う。
今の時代は『もっと働いてもっと稼げ』
という社会のプレッシャーが強まっているけれど、
消費するためにたくさん稼ぐなんてばかげているわ」
–自分の子供達に対して
「お金儲けが目的ではなくて、
それぞれの分野で創造的で幸せになれて、
まわりにいいものをもたらすような仕事につけるといい」
(セシールさん/アーティスト)
シンプルに、自由に、誇り高く生きるヒトビトに共感する。
そうなりたいな、そうありたいな、と思う。
一時は、たくさん稼いで・・、と夢みたこともあったけど、
そんな素質ありませんでした。はい。
『ザ・ニューヨーカー セレクション』
著/アーウィン・ショー他
訳/常盤新平
の
『洞窟に住む人たち』の老夫婦も、いい。
アメリカ大恐慌の時、
公園の洞窟で一年間暮らした夫婦。
貧乏で、アル中で、礼儀知らずだけど、
細君のドレスは着古しながら、清潔でさっぱりしている。
それはなぜかと言うと、
週二回公衆浴場へ通い、
婦人のドレス、主人のシャツは古いラードで煮洗いをしていたから。
身ぎれいでいるのが、なによりも「誇り」。
『流行がなんであれ、
簡素にして質素であり、
善を求めるものであること』
by マザー・アン・リー(シェーカー運動の精神的の創立者)

ぴかっ!
中島ノブユキ@PIANONAへ一緒に行った友人のたかはしよしこ嬢から電話があった。
PIANONAでノブユキさんを初めて知ったのだけど、
ノブユキさんウェブサイトを見たら、
自分が何年も大好きだった曲でピアノを弾いている人だったことが判明!
あまりの感激に思わず電話しちゃった、
と。
なんだかアタシもうれしくなって、
アリガトウ!と返す(返事としてはおかしいんだけどね)。
そんなやりとり出来ちゃうのって、
豊かなだな、
と思った。
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